6月14日・17日 セブンカルチャークラブの古地図散歩 目黒〜白金台

0
    月に2回、セブンカルチャークラブで開催している屋外講座「古地図で巡る江戸・東京」の講師をしてきました。
    講師というと偉くなったように聞こえますが、やることはいつものガイドと全く同じです。

    今月は、「目黒〜白金台」コース。目黒不動から始まって、行人坂を上り、上大崎にある「増上寺下屋敷」跡の寺院群をまわって白金台駅へ行きます。

    目黒不動は延暦寺3世の慈覚大師円仁が建てたと伝わるお寺。夢に出てきた武人の像を木に彫ってみたら、後にそれは不動明王だったとわかって開創したお寺と伝わっています。

    そのお不動様は現在は秘仏。代わりというわけではありませんが、石段下に湧いている泉「独鈷の滝」の中に水かけ不動様がいらっしゃいます。

     


    水かけ不動様はいろんなお寺にいらっしゃいますが、ここの水かけ不動様の特徴は、ちょっと遠いところに立っていること。けっこう思い切り水を浴びせかけないとお不動様にかかりません。柄杓でバシャバシャ水をかけられる様子はちょっとした拷問のようです。



    目黒不動の隣にある五百羅漢寺では、お坊様が説明をしてくださいました。500体の木造の羅漢像は圧巻です。

    五百羅漢寺を出て目黒川を渡ると、急激な上り坂が待っています。行人坂です。

    坂道の途中には大圓寺があります。ここが火元となり、江戸第2の大火事となった行人坂の火事が起こりました。この大圓寺には国の重要文化財「清涼寺式生身釈迦如来立像」が安置されています。

    この大圓寺のはす向かいにはホリプロがあります。この険しい行人坂を上り下りしないといけないホリプロのアイドルたちは、みんな丈夫で太い足をしています(←うそです)。



    行人坂を上ると、その上は白金台に入ります。室町時代の豪族柳下上総介はこの地を領して、現在自然教育園のある場所に館を構えていたのですが、白金(銀)をたくさん所有していたことから「白金長者」と呼ばれるようになりました。現在の地名「白金台」はここから来ています。

    ちなみに「シロガネーゼ」という言葉がありますが、地名の「白金」の読み方は「シロカネ」と濁りません。

    江戸時代には畑の中に大名の下屋敷とお寺があるだけで寂しい場所だった白金台は、夜になると夜盗や辻斬りが横行して大変治安が悪かったそうです。そのために幕府が町人を移住させて町を造り、治安を回復しようとしたといいます。



    そんな下屋敷の一つが、江戸時代の地図に「●松平内蔵頭」と書いてあります。「松平」と書いてありますが、実は備前岡山の藩主池田家の下屋敷だったところです。大きな大名のほとんどは幕府から松平の姓を賜っていたので、地図には「松平」と書かれていることが多いのです。

     


    今も当時を偲ぶような回遊式庭園となっています。



    ここからほど近い場所に増上寺の下屋敷跡の寺院群があります。増上寺のお坊さんが隠居後に住んだお寺なので「下屋敷」と呼ばれていました。もともと8ヶ寺あったところが3ヶ寺が廃寺となり、3ヶ寺がやってきて、今も8ヶ寺あります。

    福沢諭吉が埋葬されたお寺や江戸時代の門と本堂の残るお寺、日本画家の伊東深水が天井画を描いたお寺もあります。

     


    なぜか江戸時代の地図には6つしかお寺の名前が書かれていません・・・

    増上寺下屋敷跡から白金台の駅まで歩いて、今回の古地図散歩は終わりです。



    今回はセブンカルチャークラブで行った古地図散歩でしたが、この「目黒〜白金台」のコースは歩き旅応援舎でも開催しています。開催日程などは歩き旅応援舎のホームページをごらんください。

    コメント
    コメントする








       

    calendar

    S M T W T F S
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031 
    << March 2017 >>

    selected entries

    categories

    archives

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM