7月6日 古地図散歩に行こう!竜閑川跡

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    江戸時代の古地図を見ながら東京を歩く「古地図散歩に行こう!」、7月6日の午前中は「竜閑川」の跡を歩いてきました。


    「竜閑川」は江戸時代前期の終わり頃、元禄時代に掘られたと言われている水路です。江戸時代には「神田堀」とか「神田八丁堀」と呼ばれており、外堀から始まり、隅田川側から掘られてきていた浜町堀とつながっていました。「竜閑川」という呼称が一般的になったのは明治以降と思われます。

    今回歩いたルートは、神田駅を出発し外堀沿いの、神田堀→浜町堀→隅田川でした。

     



    昭和25年に戦災における瓦礫処理のために埋め立てられてしまった「竜閑川」ですが、神田駅近くの始点ではビルとビルの間に延びる細い道を見ることができます。この道が埋め立てられた「竜閑川」なのです。
     



    この道の周囲には、様々な史跡があります。時の鐘の跡や小伝馬町牢屋敷、銀座の跡などです。

    神田堀と浜町堀はほぼ直角の角度でつながっていましたが、その結合点部分は現在公園になっています。おもしろいことに同じ公園のなかが「竜閑川」の跡地をはさんで中央区と千代田区に分かれています。

     



    青い看板のあるところが中央区
     



    黄色い看板のあるところが千代田区です。
     



    銀貨の製造所である「銀座」は江戸時代当初は現在の銀座にありましたが、松平定信の寛政の改革で人形町に移されました。当時の地名では蛎殻町の近くですので、移転後の銀座は「蛎殻銀座」と呼ばれていました。


    現在、銀座の跡地は料亭街になっています。

     



    蛎殻銀座の跡から浜町堀跡に戻ります。浜町堀跡は道路に挟まれた緑道になっています。この緑道は箱崎ジャンクションまで続いていますが、ジャンクションがある場所は江戸時代まで隅田川でした。現在の隅田川河畔まで歩いて、この古地図散歩は終了です。

    この日は多少暑かったものの久々の晴れた天気のもと、気持ちよく歩くことができました。



    歩き旅応援舎の古地図散歩は、ほぼ毎週末に開催しています。(7月後半から9月前半まではお休みします) 

    「参加してみたい!」とか「もっと詳しく知りたい!」という人は、歩き旅応援舎のホームページをご覧ください。


     

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